研究成果

社会統合とネットワーク

研究:セミナー・ワークショップ

社会領域研究会・阿古智子著『貧者を喰らう国―中国格差社会からの警告―』合評会

2009.11.16

概要

報告者: 阿古智子(国際教養学部准教授・GIARI事業推進担当者)
日時: 2009年11月16日20−22時
場所: 早稲田大学19号館713会議室
参加者: 報告者を含め12名:事業担当推進者、各フェロー

報告概要

本報告では、報告者の近刊『貧者を喰らう国―中国格差社会からの警告―』の目的、タイトル・問題設定理由、アプローチの仕方、含意されるメッセージについての説明が行われた。著書は社会学的関心として人間の幸福とよりよい社会を追求するために、現代中国の社会と人間を内側の視点から分析するものである。そのために著者はエスノグラフィック・スタディーの手法を用い、まず現地社会の中に入り参加型オブザベーションによって情報を収集した上で、現場の視座から社会の諸問題を分析していく。著者の意図は、現代中国が市場経済の下に拡大させていく歪みや格差の問題が、日本あるいは世界全体と繋がっているのを示唆することにある。しかし同著はまた、中国社会が人と人との信頼と協力の「関係」を「社会資本」とし、コミュニティの再生が社会的弱者へのエンパワメントと社会変革に繋がる可能性があることを、より積極的なメッセージとしている。



議論

エリア・スタディーズの方法論に関して、内在性と外在性の矛盾を抱えながらいかにしてアプローチすることができるか、研究対象に対する距離のとり方が議論された。特に末梢的な事実に捉われ部分的理解に留まり続ける恐れに対して、情報収集とフィードバック、理論化との相互作用が重要であることが提起された。逆に予め設定された理論的フレームワークに事実を当てはめていくような従来の研究について、それがたとえ全体像の把握を試みるものであったとしても、外部者のバイアスを含み抽象的な理解に留まっていた限界性も指摘され、研究者の視点、立場、そして責任が問われた。そこで著書は理論化の不十分さをもちながらも、その反面で観察する者とされる者が互いに異質な他者であることの自覚の上に同じ目線と対等の立場で交渉するところに、新しいアジア研究の地平を切り開く意義をもつことが確認された。また著者の意図とは別に、読者の解釈が中国に対する批判と共感の両極に分かれることが指摘され、果たして著者のメッセージが正しく伝わるかが疑問とされた。特に著者の中国社会に対する鋭い切り口が、中国にとって国家批判と受けとめられるならば果たして対話を促進するのか、警戒感を与えるのかどうかが論じられた。しかし今日国際社会全体が人間の安全保障に取り組む上では、内部の実態に即した著者のアプローチがアジアの地域的特徴を生かしたソフトな対処に繋がるという展望を述べ、総括とした。



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