人材育成成果

経済統合とサステイナビリティ

人材育成:支援スキーム:調査研究支援スキーム(学生)

金 仁仙 / 調査地域: 韓国・ソウル

2010.02.05

所属: アジア太平洋研究科
学年: 博士後期課程1年
氏名: 金 仁仙
日程: 2010年2月5日 - 2010年2月12日

調査地域

韓国・ソウル

リサーチ目的

関連資料の収集
前回には韓国企業問題、特に企業の社会的責任についての資料収集を行った。これは先行研究の中で本研究の位置づけやアプローチを工夫することに役に立っている。
今回には、本研究では歴史的アプローチを用いるため、財閥の形成過程、成長過程に関する先行研究を主に書籍を中心に検討することにした。
かなりの先行研究が蓄積されている分野であるが、滞在期間が短かったため、必要なところをコピー、または貸出の形で情報を収集することにした。

研究課題

近年、韓国を代表する財閥企業は、自らの社会低的責任への積極的な取り組みを示した。代表的には、2007年現代自動車は、「社会的責任を通じてイメージ向上を目指す」といった新たな経営理念を彼ら公式ホームから明らかにし、国内に限らず、海外市場をも含む包括的かつ大々な社会的責任を実施することを宣布した。このような財閥の全グループ揚げの社会的責任への本格的な取り組みは、主に1997年のアジア通貨危機を契機に、2000年代入り本格化した財閥の国際市場展開に伴い、国際競争の激しさの中で直面している問題を克服するための試みと見られる。

韓国経済の実質的な担い手と呼ばれる財閥が社会的責任に追われるようになった要因は、まず、企業の巨大化とグローバル化、そして国際社会における規制の強化など、国際環境の変化と企業権力の増加といった外部的側面から説明することができる。そしてこの観点から、企業に社会的責任の要求しそれを統制する枠組み形成の試みが、特に欧州や日本といった先進国を中心に進んでいる。そして、財閥が自ら社会的責任を取り組むようになった、もう一つの重要な要因は、最近企業の社会的責任に関する研究が、経営学において活発に行われる中、企業の社会的責任が企業経営成果に直・間接的に良い影響を与えることが多くの研究を通じ明らかになっていることである。これらの研究からは、企業の社会的責任活動が主には国内・外における企業イメージ形成とブランドイメージの構築に肯定的影響を与え、長期的には企業の経営成果に結びつくことを明らかにしていることと集約することができる。

一方、財閥の社会的責任に関してはそれほど多くの研究が行われていない。韓国においては、日本の植民地支配と戦争後の国内経済・政治的状況下で形成した「財閥」が、実質的な韓国経済を担ってきた。「財閥」は国内市場をほぼ独占し、2000年代に入ってからは東南アジアを中心とする海外にまで市場を拡大し、企業権力のセンターに位置付けられた。そのため、財閥の政府、国民、そして韓国経済全般との関わりは、単なる「大型民営企業」のそれとは差別した意味をもつと言っても過言でない。そのため、財閥によるCSRは、企業の売上高という単純経営成果のみならず、韓国経済の維持と国民のアイデンティティーにまで影響し、「韓国財閥における社会的責任」に関する研究の重要性が分かる。
従って、本研究では財閥の社会的責任について、韓国経済の発展過程における財閥の形成・発展の中からその源泉を把握し、国際市場における財閥の社会的責任の展開について実証分析を通じその現状を明らかにすることを目的とする。

成果

戦後の韓国経済とともに成長してきた財閥の社会的責任の源泉を探るためには、まず財閥の起源についてのこれまでの議論をまとめる必要がある。財閥の期限に関しては、財閥構造に焦点をあてる見方と、土着企業家と企業の起源にまで分析を拡大することがあるが、殆どの学者が現在の巨大財閥の出現を1950年代とみている。また1960年からの本格的工業化の発展について、韓国戦争以前の植民地時代における成長経験が解放後の韓国工業化に大きく貢献したという見方もあるが、少数の韓国財閥が日本帝国統治と韓国戦争の影響から出発したとはいえ、現在に至って成功した殆どの財閥は戦後特殊した政治的な状況の下で彼らの位置を確立したと見られることができる。従って韓国経済における「財閥」に関する主流となる先行研究から、「韓国財閥」は戦後の1950年代を通じてその形を固め、1960年代の工業化において実質的な経済の担い手としてその役割を果たすようになったことと理解することができる。

一方、財閥の社会的責任の問題が財閥の政府への過度した依存、即ち腐敗した癒着関係から論じられることから、近年財閥による社会的責任への取り組みは、財閥と政府と力関係の変遷の側面から考えることができる。そして、政府と財閥の関係の変遷に影響を与えた要因には、戦後の各政権の個別財閥との付き合いと各政権で行われた主な経済政策に対する財閥の対応、また70年代以降の世論と市民の財界批判と1997年アジア通貨危機以降の財閥の自立と国際化を挙げることができる。そして、その変遷の中で財閥の主な利害関係者に対する社会的責任の変化を明らかにすることができる。

事業推進担当者確認

Academic Adviser: 浦田 秀次郎

報告書


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